ベッケのプロフィール

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こんにちは、福良ベッケと申します!

ブログで記事を書いたり、漫画やシナリオの制作をしたり、Youtubeやったり、クラウドソーシングサイトでお仕事を受注するなどして生活しております。

一度は就職もしましたが、失敗して鬱状態というしんどい経験をしています。

どうにかしてその時期を乗り越え、今は好きなことを仕事にしつつ、経済的自立を目指しています。

ここでは、自分の生い立ちに触れつつ、ベッケが

  • どうしてモンスターを描いているのか
  • どうしてフリーランスの道を選んだのか
  • これからどんなことをしていきたいのか

を詳しくお話できればと思います。

妄想だいすき幼少期

私は物心がついた時からかなりの妄想家でした。

いろんなモンスターたちが頭の中に住んでいて、次から次にあたらしく生まれてきます。

あまりにも妄想があふれて止まらないので、画用紙に彼らを描きなぐっていました。

とにかく常に妄想にふけっていました。

車の窓の向こうをみると、いつも可愛い怪物が見えていました。

車の隣を走ってついてきたり、空を自由に飛んでいたり、火を噴いて戦ったりしていました。

山が本物のドラゴンに見えてドキッとしたことも。ここまでくると危ないわ。

この強烈な妄想癖は、今でもベッケの軸になっています。

満を持して厨二病時代へ

中学生になると、妄想はしなくなるどころか過激になっていきます。

かの有名な病、厨二病†というやつですな。

遊びが悪趣味になってきます。

創作キャラクターに血をつけたり。

でっかいクモに名前をつけて、他のところで捕まえた虫をプレゼントしたり。

大量のヒルを一か所に集めて眺めたり。

変なものが見える人ごっこもしてました。「あそこに〇〇(モンスター名)がいる!」「マジだ!危ないから隠れよう!」みたいな。

付き合ってくれる友達が結構いたんですよね。同じ病を抱えていたんでしょうか。

あと、作ったマンガを先生に見せていました。

小学生のころから長編のオリジナルマンガを描いていて、それは現在制作している「ブレガラント」の原型となっています。

今見ると、当時の作品は絵も下手くそだし内容もひどいものなので、付き合わせてしまって悪かったなーと思っています…!すまない、先生…!

でもあの頃のベッケは、

私は将来ぜったいにマンガ家になる。

頭の中にいるモンスターたちをたくさんの人に知ってもらう!

と信じて疑いませんでした。

高校生になってちょっと現実世界が見えた

高校に上がると、だんだんと夢がゆらいできました。

気づいてしまったんですよね…

あれ?マンガ家って超ハードモードじゃね!?

絵のレベルめちゃくちゃ高くね!?

人間も描けた方がいいのでは!?(モンスターだけ描ければいいわけじゃないの!?)

ということに…!遅くない?

それまで、マンガ家ってこんなイメージだったんですよ。

大好きなものだけ描いている。

好きな時間に寝て、起きている。

お金をじゅうぶんに稼いでいる。

のんびりな人生を送っている。

夢見すぎって言われても仕方ないかもしれない笑

とにかく、人から話を聞いたり、いろんなメディアで見聞きしているうちに、「マンガ家」は私の想像と真逆の姿をしていると感じるようになったんです。

私は「漫画家になりたい」と言う勇気を失いました。

趣味で終わらせる方が楽だって思うようになったんです。

褒めてくれる優しい人にだけ見せればいいなって。

高校のころの絵描き友達もみんないい人だったので、彼らにだけ創作マンガを見せていました。

夢はあきらめていましたが、高校でも長編マンガを1から描きなおしていました。11巻か12巻まで描いた気がします。

モンスターへの愛情だけは消えていなかったんです。

大学生になって、「評価」を恐れ始めた

大学に上がると、そのモンスターへの愛情すら失いはじめます

自分も周りもすっかり大人になり、漫画への評価がガチになってきたんです。

私はその手のサークルに入っていたので、なおさらでした。

「あのアニメ、脚本は最高だけど絵がなあ…」

「あのマンガは絵が綺麗なだけで、内容ぺらぺらだよね」

「これは見せ方が上手いから読んだ方がいいよ」

「このキャラがこういう役割をしているから、あのマンガはヒットした」

多種多様な作品にものすごく深い考察をする人がたくさんいたんです。

めっちゃ面白かったです。

知識量がすごい!目がマジ!

すっごく作品への愛が伝わってきました。

そこにいる仲間はみんな、真剣にサブカルと向き合っている人たちだったんです。

(こんなにまじめに語られて、作者は幸せだなあ)と彼らを眺めながら感じていました。

でも同時にこんな思いも湧いてきました。

(評価されるのってめっちゃ怖いな…)

そのころの私は、「誰にでも見せられる漫画」を作ることに必死になっていました。

まわりから良い評価を得たくて、「私が」ではなく「みんなが」楽しいと感じるものを作ろうとしていたんです。

実際、それはあるていど実現できていたようです。

「ベッケさんは一目置かれてるよ」

「後輩の〇〇がベッケの漫画読んで泣いたってよ」

と言われたりして、今でもこのころの経験は自信につながっています。

大学の教授に「教科書の挿絵描かない?」と声をかけられたこともあります。

ただ一方で、本当に描きたいものを蔑ろにしていたのもたしかです。

なんというか、良い子でいるのに必死だったんですよね…

怪我しそうなこと、大胆なことをしたくなかったんです。

なんども「出版社に持ち込みしなよ」「コンテストに応募しなよ」って言っていただけました。

でも、その時の私はとっくにマンガ家の夢は諦めていたんです。

夢なんて叶わない。

大好きなことで生きていこうとしたら、家族を困らせる。

友達にバカにされる。

見ず知らずの人に「社会のゴミ」って言われる。

私はマンガ家を目指しちゃいけないんだ。

趣味にとどめておくのが安全だ。

本気でそう思っていました。

このころから、人生への劣等感や違和感、怒りを抱き始めます。

それを吐き出すために、世の中のニュースなどにも過剰反応していました。

ちなみにこの時期、モンスターの漫画は1冊描いただけで、それもほとんど誰にも見せることができませんでした。

就職し、とうとう心を病む

私は仕事を見つけ、事務や会計、接客をすることになりました。

働き口が見つかった時は両親も安心してくれて、友人もTwitterのフォロワーさんたちも祝ってくれました。

職場の人たちも優しくて、みんな頼りになるベテランばかり。

ものすごく良い職場でした。

ところが、私の中のモヤモヤは一切晴れなかったのです。

私はこんなところで何してるんだ?

いつまでもその疑問が残ったまま過ごしていました。

家族に相談すると「働いているうちにそんな気持ちも無くなっていくよ」と言われ、それを信じて働こうとしました。

ところが…

2か月ほど経ったある日、仕事中に涙が出て止まらなくなってしまいました。

人生であんなに泣いたのは初めてかもしれない。

自分でコントロールできる類のものじゃありませんでした。

もちろん先輩たちはびっくりしていましたし、私は途中で帰るしかありませんでした。

そして、涙を流した次の日。

職場の先輩たちの態度が激変しました。

無視されたり遠回しに悪口言われたりで、けっこうな精神攻撃でした。

女の職場って怖いぞ~。

最初はすごく優しい人たちだったのに、急に態度を変えられてそれはもう恐ろしかったです。

おそらく追い出すことにしたんだろうなーと思います。

このままだと病気になってしまいそうだったので、逃げるように仕事を辞めました。

早い話、私は社会不適合者だったわけです。

職場の人たちが悪いとは思いません。私が行くべきじゃない場所に行ってしまったにすぎないと、今でも思っています。

そのあと、次の仕事のためにデザインの勉強をしてみたりしました。

しかし、私はすっかり自分が何のために生きているのかわからなくなってしまっていました。

うつ状態になり、死が頭をよぎる

鬱になる前に仕事やめたからセーフ!

…って思っていたのに、結局2年くらいは大変なめに合いました。

体があまりにも重く感じて、動かないんです。

毎日涙が出て、自分が大嫌いで、

生きていることが申し訳なくて、

人生でかつてないレベルで病んでいました。

自分は誰の役にも立たない。社会にも出られない。

家族も友人も、他の人も、私のことクズだと思ってるに違いない。

みんなのために死んだ方がいいかもしれない。

そんな思考がこびりついて離れなくなっていたんです。

自己肯定感-100って感じ。

今思うととんでもねえなあ…!

でも当時は本気で思ってたんですよね。

ある日、友人に「うつかもしれないから、病院行ってきなよ」とすすめてもらいました。

うつ病でもパニック障害でも不安症でも何でもいい。

この苦痛に名前を付けてもらえるだけで気持ちが楽になるかもしれない。

そう思い、心療内科に行って診てもらいました。

すると、お医者さんにこう言われたんです。

「”うつ病”じゃなく”うつ状態”だと思います。

 あなたはどうやらやりたいことがあるみたいだから

 それをできる環境を作ってみたら、元気になるかも。

 お薬だしときますねー」

やりたいことやってから死ぬことにした

私はすっかり拍子抜けしてしまいました。

あれだけ苦しい症状を味わったのに、医者に言われた言葉は要するに「やりたいことをやってみたら」です。

好きなことすれば治るん?

そんなシンプルな話なん?

しょーもな。なにもかもくだらんわ。

こんなどうしようもない世界でただ死んでしまうのも癪だな。

もう仕方ない。

やりたいこと全部やったら死のう。

と、すべてにあきらめのようなものを感じたのを覚えています。

ここで「さっさと死のう」ってならなかったのはラッキー。

やりたいことをやっていると、死ねなくなる

よ~し!終活するぞ~!

まず、私がやりたいって思ったのは「漫画制作」でした。

「ブレガラント」を描いてブログに貼る時はかなり緊張しました。

小さいころから愛していた世界を外に出したらどうなるんだろう。

気持ち悪がられるかな…?

でもこれやらないと死ねないしなー!

なんてことを考えながら、思い切って投稿しました。

すると、不思議なことが起こりました。

なんと読んでくれる人がいたんです。

さらに、作品を好きになってくれる人も。

(なんだこの気持ち・・・・!)

次にやりたいって思ったのは、シナリオを販売することです。

これも意外。

気になる、と反応してくれる人がいたんです。

買ってくれる人も。

(楽しんでくれたんだ。プロでもないし、才能もあるとは思えないのに…)

Youtubeでゲーム実況動画をやってみました。

これまた大変ありがたいことに、

再生回数が1、2…と増えたんです。

チャンネル登録してくれる人も。

……あれ?

私がやっていることに「価値がある」と思ってくれている人がいる…

そんな体験を少しずつ少しずつ積み上げ、気づけば鬱の症状を克服していました。

2年はかかりましたが…!

いまの私は死んでる場合じゃねえ!という状態です。

やりたいことをやりつくして死ぬって決めたのに、やりたいことをやってると、また別のやりたいことが出てくるんです。

これ、やりつくす前に勝手に寿命来て死ぬじゃん。自殺する暇ないわ。

そう感じるようになりました。

つらいことがあったからこそ今がある

夢を忘れようとして逃げ回り、転んで傷ついたりもしましたが、今だから言えます。

今のベッケになるために必要なプロセスだったって。

友達に「一皮むけた感じだね」と言ってもらったことがあります。

おそらく自分を取り戻しつつあるんだと思います。

そして、その先のなりたい自分を目指している。

願いはまだ叶っていないし、これからもこなすべき課題は盛りだくさんです。

でも、やるべきことがあるってだけで、もう凹んでいる暇はないんです。

私は私のやりたいことで、誰かを喜ばせ、生きる力に変えていく。

そう思い定めて今を生きています。

好きなことをして生きていっていいよ

私は自分の人生を通して、このことを多くの人に伝えていきたいと思っています。

好きなことをして生きていっていいんだよ!

大好きなことから逃げ回ったからこそ思います。

もしなりたいものややってみたいことがあるのなら、

一度でいいからやってみてください。

やったことある人の話を聞いてみてください。

今は100歳まで生きられる時代です。

そのうちの10年や20年くらい、大好きなことに全力投球してみてもいいんじゃないですか。

私はそんな人を応援したいと思っています。

そのために、自分自身もそんな人生を送るつもりです。

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